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「命理学のどこが面白いのかわからない」

「命理学のどこが面白いのかわからない」

以前、講座を受けられていた方が、口にされた言葉。 「命理学のどこが面白いのかわからない」  講師としては、なかなか傷つくセリフですが(苦笑)、それもまた当然、の感想と思います。 「命理学に出会って人生変わりました」「もう、楽しくて仕方ない」と 再受講を繰り返す人、目をキラキラさせて興奮気味に話す人、一気にコースを申し込む人、最短で受けられるのなら、名古屋でも福岡へでも飛びますよという人、命式を立てるのが楽しくて仕方ない人、 そんな一方で 「全然楽しさがわからない」 というのもとてもリアリティがある感想だなと思います。 みんながみんな、同じテンションで「楽しい」と言っていたらそれはそれで、ほんと?って思ってしまう。面白いか面白くないか、はこちらで見ていてわかる。声に出さなくても。 命理学を学ぶ方たちからなるLINEのグループではいろいろなことをシェアしているのですが、 そのなかで、以前、「私、みんなみたいに良いことが起こっていないし、〇〇始めました、というのがないから何もシェアできない」と言われたことがあります。 私は、それこそ、リアリティがあるからそれをシェアしたらいいんじゃない?と言いました。 みんながみんな、「これを飲んだら10キロ痩せました!」とか「理想のプロポーションを手に入れました」とか「これで私の人生変わりました」とか そんなの気持ち悪いから、そうでない意見もあったほうがよい、そう思っています。 私は、何かを買うときやどこかに行くときに、必ず、厳しい評価、ネガティブな意見も読みます。 全員が5点満点とかありえないと思うので。 そして、ネガティブな意見を読んででも、私が「これだ」と思うものを選びたいと思っている。 そして、自分の感覚こそが正しい、と過信しているし、自分がいい、と思うのなら、それでいいと思っている。 とはいえ。 「おもしろくない」と言われれば 私もおもしろくないわけで。 命理学がおもしろくない=私がつまらない授業をしている ということでもあるので、それはとても残念だなーと思いますし、私もそれを謙虚に受け止め、改善しなければと思います。一方で、こういうのは、講師との相性もあるのでいたしかたない、とも思います。 いつか、その方が、「面白い命理学」に出会えるといいなと思います。 この方が同時に言われていたのは 「こういうのを学んで、変わらないといけませんか?」 私の返事は 「変わりたければ変わったらいいし、このままでいいと思えばこのままでいいんじゃないですか?」。 私たちは、変化のプロセスにあるとき、何かしらの抵抗に出会います。 その抵抗とは、変化の萌しでもあるわけですけれど、なるべくその抵抗が少ないところから関わっていくとその変化をスムーズにすることができると言われます。...
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